"「自己責任」「社会のせいにするな」が生み出した孤独大国日本" を見て。
"「自己責任」「社会のせいにするな」が生み出した孤独大国日本" を見て。
たまたま、昨日の記事と関連していそうな動画を見つけたので紹介する。時間は17分。せやろがいおじさんのロングバージョンだ。
今回は、いつものように動画を見て私が学んだことを文字で書くことはしない。
代わりに、世界で最も孤独な国、メンヘラと自殺者を次々と生み出す国【JAPAN】について、私なりに思ったことを書いていくことにする。
まず、私は近所の人の顔と名前を知らない。何をやっている人か、どんな人かも知らない。
近所で人が死のうが、私は全く気が付かない。隣の家に泥棒が入ろうが、私は全く気が付かない。
これは私に何か問題があるわけではなく、この構造、このシステムに問題があるのだ。
ほとんどの人が忙しく、金を得るために自分の命や魂を売っているわけで、近所で私とすれ違っても誰一人として挨拶をしてこない。
それどころか目を背ける有り様だ。自分のことを見られたくないのか、自分に自信がないのか、私があまりにも眩しすぎて目を背けてしまうのか。
理由はどうあれ、私より年が上で、私より長い期間ここに住んでいて、私より貯金をもっている人間が、自分からは挨拶をしないし、顔は醜く歪んでいて笑顔さえ作れないようなのだ。
今までの人生でなにをやってきたんだ?
とぜひ聞いてみたい。
年下をかわいがったり、応援したり、見守ったり、いろいろ教えてやったり。そういう気持ちがまるで、無いようなのだ。頭の中は自分のカネと世間体でいっぱいなのだろうか。
本当にろくでもない年のとり方をしている人間が多くて私はびっくりする。年をとるほどに醜くなっていく連中だ。
逆だろう。なぜ年をとるほどにレベルが下がるんだ?私には全く理解できない。
困ったときに助けを求める相手など、この国には一人も存在しない。
実際には、助けを求める相手はいたとしても、その人に助けを求めようとは思わない、といったところだろうか。
まず心が通じ合っていないし、グダグダ言われるのも嫌だし、そもそもその相手を信頼していない。
本当に信頼できる相手、というのが居ないのだ。私が相手を信頼していても、その相手が私を信頼していないケースもあるだろう。
普段の挨拶やコミュニケーションすら出来ない日本人に、本当に信頼できる相手、助けを求める相手などいるのだろうか?
高齢者は病院に、
カネの有る女はホストに、
カネの有る男はキャバクラやスナックに通う。
どれも人の欲求を満たしてくれそうで、満たしてはくれない。満たしてくれないから、何度も通うのだ。私はキャバクラもスナックも行ったことはないが、大体そんな感じだろうと思っている。
人は人との繋がりを求める。しかし、この国では、その繋がりをビジネスにしてそれを売ったり買ったりしている。
ビジネスは所詮ビジネスだ。そして、ビジネスは絶えずカネを求める。人が食物を欲するように、ビジネスはカネを欲し、カネを食い続ける。
悩みや相談、病気や問題などの解決は既に全てビジネスと化し、見知らぬ他人にカネを払い、なんとなく、とりあえずごまかして過ごしている。
そこで病院は儲かり、本が売れ、化粧品が売れ、セミナーが売れ、オンラインサロンが売れるのだが、はたしてそれでいいのだろうか?それで幸せになったのだろうか?
信頼できる相手がいれば、ほとんどの問題は解決する、と私は思う。しかしその相手がいない。
ではどうするか?
とりあえず、しょらー(仮)と繋がっておいて、一緒に考えていこう。それが今私が思いついたかなり雑な解決策だ。ほとんどの人はビジネスとして人を集めるが、私はそれをしない。
今やどこもビジネスの集客ばかりでウンザリしないか?カネ、カネ、カネとうるさくて仕方がない。
違うんだよ。
私はもっと楽しく、もっと温かく、もっと本質的な、全身がゾクっとするほどのものを求めている。
理想は高ければ高いほうが良いのだ。
長くなってしまったので、
今回は以上になります。